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2006年10月

2006.10.30

大菩薩嶺3

3.爽快!稜線歩き

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 さて十分休んだので、いよいよ大菩薩峠へ向かって、気分のいい稜線歩きを始めよう。
 雷岩から大菩薩峠までの稜線歩きは、何回かのアップダウンを繰り返さなければならない上に、終始小石・大石がゴロゴロしているものの、登山靴を履いていれば殆ど問題はない。この稜線を歩くのは実に気分がいい。(#^.^#)

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 途中に標高2000mを示す標柱が設けられていた。この先にも幾つかのピークがあるが、2000mを越す地点はないようだ。

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 稜線歩きを始めて間もないところで、歩いている途中で着地した左足のすぐ傍らに、思いがけず下草に隠れていた一輪のリンドウを見つけた。
 石ころがゴロゴロしていたので、足元をしっかり見ながら歩いていたことが幸いしたか、道の左端を歩いていたことが幸いしたのか。それだけではない、左足の着地が半歩ずれていたら見逃していたかも知れない。偶然としか言いようがない。

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 写真中央に見える鞍部が賽の河原と呼ばれているポイントで、ここに避難小屋が設けられている。
 介山荘のある大菩薩峠は、この鞍部から一登りして下ったところにある。

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 賽の河原に到着。
 数年前小雨降る中、山仲間10人くらいで登ったとき、この避難小屋でお酒を飲んだことがある。
 山で酒を飲むのはあまり好きではないが、グループで登るとこうなることが多いから困る。(^^ゞ

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 賽の河原から一登りすると、向こうに大菩薩峠の介山荘が見える(左)。大菩薩峠に着いて、今歩いたばかりの稜線を振り返る(右)。

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 ここが介山荘のある大菩薩峠。
 標高は1897mとあった。大菩薩嶺から160mほど下ったことになる。

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2006.10.29

大菩薩嶺2

2.山頂そして雷岩にて

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 雷岩は霧で視界が悪かったので、ここでは休まず、大菩薩峠とは反対方向の大菩薩嶺山頂に向かう。
 このような木に囲まれた尾根道だが、途中の小さな鞍部ではぬかるみになっていて、太い丸太が横に並べられていた。丸太の道はいかにも歩きづらそうなので、ぬかるみを避けつつ端を歩いた。

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 最後の一登りを登って山頂に到着。
 山頂には10人以上の人たちがいただろうか。それぞれ記念写真の撮影をしていた。
 ここは展望がない上に暗いこともあって、ここで休憩する人はいないようだった。

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 山頂から雷岩に戻ってみると、いつの間にか霧が消えて、思いがけず南アルプスが見え隠れしていた。
 ここには、雷岩の上やその周辺に大勢の人たちが陣取りして昼食休憩に入っていた。
 当方も雷岩の上に場所を確保して昼食休憩することにした。

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 休憩の場所を決める少し前に、誰もが予期しなかったはずの富士山がちょこんと頭だけ見せてくれた。
 登山者たちから期せずして歓声がわきあがった。
 当方も思わず声にもならない奇声を発して、周辺の人たちと一緒に拍手。(#^.^#)
 しばし富士山に見入りつつ、あわてて写真を撮る。
 すっかり興奮して、リュックを下ろすのを忘れたままだった。
 富士山が姿を見せてくれたのは、せいぜい20分くらいだったろうか。やがて雲に隠れて、そのまま姿を見せることはなかった。

 ようやく冷静さを取り戻して、リュックを下ろし、必要なものを取り出して、シートを広げて腰を下ろした。

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 天気はすっかり回復していたが、風が少しあって、じっとしていると寒いことにようやく気づいた。山はやっぱり寒い。リュックからヤッケを取り出して身を包む。
 これで万全だ。食事しながら周囲の景色をゆっくり眺めることとしよう。(^^♪
 腰を落ち着けて食事しながら近くを見渡したら、何と目の前に綺麗なピンクの実をいっぱいつけたマユミが、「こっちも見てね」と微笑んでいた。ごめん、ゴメン、遠くばかり見ていて気がつかなかった。マユミちゃん綺麗だよ!(*^_^*)

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2006.10.28

大菩薩嶺1

1.長兵衛小屋から唐松尾根を経て雷岩へ

 昨日の時点では、今日は好天のはずだったが、朝起きて見ればどうも天気がよくない。そのうち小雨が降り出してきた。今朝のテレビの予報では、この後天気が回復しそうだったので、この予報を信じてとにかく出発することにした。

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 大菩薩ライン(国道411、青梅街道)をひたすら走って、まずは柳沢峠でトイレ休憩。
 ここの茶店横から富士山方向の風景を撮影。天気がよければ、この方向に富士山が見えるはずだが、今日は全く見えなかった。

 今日は富士山は無理かなとあきらめつつ、更に塩山方面へ大菩薩ラインを走り、裂石から林道に入って長兵衛小屋に向かう。
 9時過ぎに長兵衛小屋に到着したが、小屋近くの市営駐車場は既に満車で、少し奥の駐車場に誘導されて、そこへ駐車した。

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 軽く準備運動をして、長兵衛小屋から登山開始。
 このような紅葉の樹林に囲まれながら、まずは福ちゃん荘へ向けてゆっくり歩く。

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 20分ほど歩いて福ちゃん荘に到着。
 ここで小休止して、これから登る大菩薩の稜線を眺める。青空が見えて天気は回復している。ひょっとしたら、富士山が見えるかも知れないと期待が膨らむ。

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 福ちゃん荘から唐松尾根にとり付いて、紅葉に囲まれながら、このような登山路をひたすら登る。
 早くも全身から汗が吹き出る。

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 唐松尾根をひたすら登って、ようやく明るいところに出た。明るいところに出れば、唐松尾根が終わって、雷岩がもうすぐだ。
 雷岩からの展望に期待して、なお登る。

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 ようやく雷岩が見えてきた。が、下のほうから霧が上がって、これが段々広がって視界が悪くなってきた。
 まだまだ行程の半分にもなっていないはずだが、ここまで来ればもう登りきった気分だ。

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2006.10.23

赤城山散策2

3.覚満淵周辺
 同じルートで鍬柄山を下った後、駐車場まで戻り、車で覚満淵近くまで移動して、覚満淵周辺を散策した。

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 覚満淵と周辺の山。
 山が沼面に逆さに写っている。
 この沼の周囲には、木道のほか地面に遊歩道が造られていて、歩いて一週できるようになっている。

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 いつもなら、ゆっくり一周するところだが、今回は山に登って予定以上に時間を費やしたので、沼の周りを少しだけ歩いて引き上げることにした。

 引き上げる途中のやや高い平地が林になっていて、この林の中にちょっとした紅葉が見られた。

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2006.10.22

赤城山散策1

 10月21日(土)、紅葉を求めて赤城山を散策した。

1.白樺牧場周辺
 山全体が色づいているものの、もうピークが過ぎたのか、それともこれからなのか、この辺り一帯の紅葉はイマイチの印象だった。

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 この写真は白樺牧場の駐車場付近から荒山方面を望んだもの。これの隣の鍋割山はかつて歩いたことがあるが、荒山はまだ歩いていないので、何れの日か登ることになるだろう。

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 上とほぼ同じ場所から、白樺牧場越しに鈴ヶ岳方面の尾根。手前が牧場の一部だが、牛達は見えなかった。寒くなってきたから、放牧していないのかな?
 この写真には鈴ヶ岳は見えていないようだが、この後、この尾根の左側から尾根に取り付いて、鈴ヶ岳方面へ向かって歩くことにした。


2.鍬柄山へ
 今日は山登りするつもりではなかったのだが、白樺牧場でぶらぶらしていると、鈴ヶ岳への案内板が目に止まって、何とか行けそうな気がしたので急遽登ることにした。

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 簡単に尾根に取り付いて、アップダウンを繰り返しつつ、山の雰囲気を味わいながら、ゆっくり歩いた。
 歩いている途中、ところどころに写真のような紅葉らしきものを見ることができた。

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 しばらく尾根歩きをして、そろそろ鈴ヶ岳に近づいたかなと思って、途中で出会った人に尋ねたところ、鈴ヶ岳まではまだまだ大変らしい。山登りの心構えもなかったので、手前のピーク(鍬柄山)で折り返すことにした。写真は鍬柄山へもう一登りの地点からピークを望む。

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 鍬柄山山頂にて昼食休憩。なかなかの展望だ。
 地蔵岳が目の前に大きく見える。
 この山へは、かつてロープウエイで登ったことがあるが、このロープウエイは今では閉鎖されているようだ。

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 左のピークが荒山、右が鍋割山。
 鍋割り山にはかつて登ったことがあるが、この山の稜線歩きは実に気分がいい。

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 左端の大きな山が赤城山域最高峰の黒檜山で、その右隣にある山の小さなピークが駒ケ岳山頂。
 駒ケ岳から黒檜山への稜線は昨年も歩いているが、黒檜山からの展望は抜群だ。

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2006.10.20

極地の氷がとけたら?2

 前の記事の「極地の氷がとけたら?」について、もう少し自分の頭の中を整理しておきたい。

 前の記事では、地球温暖化→極地の氷が融ける→海水面はどうなる? という図式をいつの間にか自分で勝手に作りあげていた嫌いがあって、ちょっとした落とし穴に嵌ったかも知れない。(^^ゞ

 まず一つの論点として、極地の氷が融けるとするなら海水面がどうなるのかという問題であるが、「北極の氷は融けても海水面の変動に殆ど寄与しないが、南極の氷が解けたらその分だけ海水の量が増え、海水面は上がる」と考えるのがやはり正しいのではなかろうか。

 もう一つの問題は地球温暖化で極地の氷が本当に融けるのか、という点である。
 この問題については、前に紹介した「北極の氷とアルキメデスの原理」と同じ著者が別の記事(南極の氷とウィスキーの蒸留)で一つの答えを紹介していて、南極の氷は逆に増えて海水面はむしろ下がるということらしい。
 これには、人間の活動によってもたらされる地球温暖化で、地球の温度が何十度も上がるわけではなく、「極地では氷点下何十度という状態が維持される」ことが前提となっていると思うが、この前提に大きな無理はないのではないか。要するに、人間の活動による影響で地球温暖化が進んでも、海水面の上下に関する限り、あまり大きな影響はないということになるのだろうか。

 一方「平成18年版環境白書」では、地球温暖化の影響で、1990年から2100年の間に海水面が9~88㎝上昇するという予測が報告されている。実際のところ、そのときになってみないと本当のところは分からないのだろうが、さてどちらが正しいのか、興味深い。

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2006.10.19

極地の氷がとけたら?

 地球上の氷が全て融けたらどうなるのか、「海水面が数十メートル上がる」のではないかと漠然と思っていた。
 ところが、最近下記のような記事に出会ってびっくりした。
  「北極の氷とアルキメデスの原理

 この記事は、基本的には地球温暖化により北極の氷が融けた場合について、アルキメデスの原理を用いて論じているのだが、なるほど北極の氷は大部分が海水に浮いているのだから、「北極の氷が全部融けても、海水面は変らない」というのは当然と思う。

 しかし、地球上の全ての氷の約90%を占める南極の氷にこの原理が適用できるのだろうか。
 南極大陸は、平均標高2400メートルにも達する巨大な氷の塊が岩盤の上に載っているはずであり、海水の浮力は受けておらず、そもそもこの氷にアルキメデスの原理が適用できるはずがない。

 下に示した引用文は、上記記事の最後の二つの段落を引用したものである。この引用文の前までは基本的に北極の氷について論じているのだが、この引用部分で初めて「極地の氷」という言葉が使われている。極地の氷には南極の氷も含むのが自然であり、また地球温暖化の影響を論じるなら、なおさら南極の氷を論じるのは当然である。
 即ちこの記事の結論は、「北極と南極の氷が融けても海水面は上がらない」と理解されるのだが、さて、それで本当に正しいのだろうか。素人には分からないことだが...
 南極の氷にアルキメデスの原理が適用できないことは確かだと思うが、南極の場合それ以外の要素も考えなければならないのかも知れない。固い頭を切り替えるのは大変だ。^_^;

 (極地の氷が融けたら?2に続く)

(注:下記引用文冒頭の「このこと」は、国連の地球温暖化に関する研究機関である“IPCC”の報告のことを指している)

-----以下上記サイトより一部引用-------
 このことを日本政府もマスコミも知らないのだろうか? 私はそうでもないように思う。政府もマスコミもIPCCの報告は読んでいるだろうし、アルキメデスの原理も知っているに相違ない。それでもなぜ、環境白書や四大新聞が「極地の氷が溶けて海水面が上がる」と言うのだろうか?
 なにか特定の目的があって自分が本来しなければならないことを曲げることがある。それが極端になった場合が、姉歯建築士によるマンション設計だろう。この事件は奥が深いから単に姉歯建築士の行動だけが問題ではないが、「自分が得になるためには多少のウソも許される」ということが大きな問題のキッカケになる。

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2006.10.12

三窪高原から鈴庫山3

3.鈴庫山往復

 ハンゼの頭を下りた所に、鈴庫山への指導票が立てられていたのは随分前から見ていて、この山の存在は知っていたが、この山にはまだ一度も登ったことがなかったので、この機会に行くことにした。

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 ハンゼの頭を下りた鞍部から急斜面をどれくらい下っただろうか。随分下って、やや険しい登り返しをよじ登って間もなく鈴庫山の山頂にたどり着く。写真は山頂直前の場所から山頂を見たもの。

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 山頂は狭くて大勢の人は収容できない。
 幸い山頂には誰もいなかったので、しばし山頂を独占できた。

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 山頂には富士山方面が眺められるように、ちゃんと窓が開けられていた。遠くを眺めるだけならいいが、下を見ると断崖でちょっと怖い。(-_-;)
 ここで富士山を眺めながら、しばし休憩。

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 鈴庫山にたどり着くまでに随分下ったので、戻るときの登り返しがきついと思っていたが、実際に歩いてみると、それほどでもなかった。
 それでもこんな階段を何回も歩かなければならなかった。

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2006.10.10

三窪高原から鈴庫山2

2.ハンゼの頭山頂

  階段を一登りして山頂に着いた。山頂には二組の夫婦が別々に陣取っていた。軽く挨拶を交わす。
 当方も適当な場所を定めて、シートを広げて荷物を降ろし、まずは360度のパノラマをゆっくり眺める。

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 中央やや右に甲斐駒ヶ岳が威張って見えた。更に左へ千丈岳、北岳が見える。昼に近い時間なので、やや霞んで見えるのはやむを得ないが、南アルプス全体がよく見えた。冠雪はまだのようだ。

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 甲武信岳方面がくっきり見えた。
 この写真の左方面に金峰山方面の山々もよく見えていた。

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 大菩薩連嶺。最高峰の大菩薩嶺には過去何度か登っているが、この山から大菩薩峠方面へ向けて、富士山を眺めながらの稜線漫歩が実に気分がいい。しばらく登っていないので、今年中に行きたい。

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 富士山の頂上付近にわずかに雪化粧が見られた。これから先、いよいよ本格的にお化粧した一段と綺麗な富士山が見られる。次はどこから富士山を見ようか。楽しみだ。

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 ハンゼの頭山頂付近に、思いがけず一輪だけワレモコウの花に出会えた。

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2006.10.09

三窪高原から鈴庫山

 10月9日、前日の運動会で疲れが少し残っていたが、この日も好天が続いていたので、簡単な山登りをすることにした。

1.ハンゼの頭へ

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 大菩薩ライン(青梅街道)柳沢峠の駐車場に車を置いて、峠の茶店横から富士山を眺める。
 久々に眺める富士山にしばし見とれる。

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 登山路途中の一風景。
 全体にうっすらと紅葉が始まっている。唐松も少し黄色くなってきたようだ。
 この辺りの山は唐松が多く、黄色に染まるのは2週間ほど先だろうか。この山には何度も来ているが、唐松の黄葉のピークに出会ったことはない。一度ピークを見ておきたいものだ。

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 柳沢の頭山頂。
 ここまで来れば、この後はハンゼの頭まで少々のアップダウンを繰り返しながら、気分のよい稜線漫歩が続くが、まずはここで一休み。

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 柳沢の頭から富士山を眺める。
 富士山は過日初雪を記録したばかりで、山頂付近にわずかに雪化粧が見られる。
 完全に雪化粧した富士山を見られるのももうすぐだ。

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 しばし稜線をゆっくり歩いて、ハンゼの頭まで最後の鞍部に出たところで思いがけずたった一輪のトリカブトに出会った。葉も落ちて、花だけが辛うじて美しさを何とか保っていた。

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 最後の鞍部からいつもならすぐ目の前の階段を登るのだが、今回は左へ折れて、ハンゼの頭をぐるり時計回りに回って反対側から登った。途中でこのような花に出会った。どうやらヤマラッキョウらしい。

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 ドウダンツツジの紅葉が早くも始まっている。
 ハンゼの頭山頂はもう少しだ。

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2006.10.05

木綿ごしと絹ごし?

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参照資料:東京スポーツ10月6日号

 深く考えたことはなかったが、木綿ごしも絹ごしも布でこして作っているのかと勝手に想像していたような気がする。でも、どうやら違うらしい。(^_^;)

 どちらも健康によいということだが、栄養価なら木綿ごし、ダイエットなら絹ごしということになるようだ。

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亀有は亀無だった?

 最近全く見ていないが、マンガでおなじみの「こちら葛飾亀有・・・」の亀有が昔は「亀無」だったとは、知らなかったなあ。(^_^;)

 それに、特徴ある地形の高まりが「亀の背のような地形をなす」というところから「亀なし」になったというのも面白い。

 「なし」の漢字には「梨」があてられたり、「無」が当てられたりしていたようだが、江戸幕府が国図を作成(1644)した際に、住民たちの「なし」は縁起が悪いという声を受けて、現在の「亀有」になったとか。

      (参照資料」:東京スポーツ10月6日号)
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2006.10.01

巾着田のコスモス

 9月24日の巾着田の続き。彼岸花に続いて、次はコスモス。
 この日も風が少々強くて、か弱い(?)コスモスたちはいっせいに踊らされていた。(^.^)

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 高麗川と彼岸花のゾーンに囲まれて、中央部の広いエリアにコスモスが植えられている。
 まだこれからという場所もかなりあって、全体としては四分咲きくらいだろうか。
 それでも、咲いている場所は結構見ごたえがあった。
 ここのコスモスは全体に丈が低くて、大人の身長なら全体を見渡すことができるし、写真の撮影もアングルをいろいろ選択できるので、下手な素人カメラマンには大変ありがたい。(*^_^*)

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