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2010年7月

2010.07.31

野反湖2


7月27日の野反湖の続き。


休憩舎からの階段が終わって、遊歩道が平らになった辺りの草原に右のようなニッコウキスゲの群落が少し残っていた。よく見ると、既に枯れ果てたものがずい分見られたから、ピークは過ぎてしまったようだ。
ここへ来るのが10日から2週間ほど遅かったようだ。ちょっぴり残念だが、過日訪ねた赤城山の覚満淵とは大違いだ。覚満淵のリベンジはなった、ということにしておこう。


湖畔の遊歩道を少し歩いた後、別の遊歩道を登り返して休憩舎まで戻って、日陰を求めて昼食休憩。
野反湖と周囲の山々を眺めながら至福のひと時を過ごした後、さて、そろそろ帰ることにしよう。休憩舎から一段低いところにある第一駐車場まで戻る途中、思いがけずヤナギランに出会った。(右の写真)
少々遠い道のりだったが、今回は大いに満足して帰ることができた。

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2010.07.30

野反湖1


7月22日の赤城山ではニッコウキスゲが壊滅状態だったので、リベンジのため27日、今度は群馬県の野反湖へ赴いた。


関越道を渋川伊香保ICで下りて一般道を走ったのだが、一般道が長かった。始めての場所だったので、カーナビをセットしていたのだが、往路はカーナビに逆らったらしく、少々遠回りになって、4時間以上かかってしまった。
それでも、現地に着いてみると、いきなり右の写真のような光景に出合った。これを見ただけで早くも満足してしまった。
上の写真は駐車場のある休憩舎の辺りから眺めたものだが、ここから野反湖まで下る途中で幾種類かの花を見ることが出来た。


右の写真のハクサンフウロ、下の写真のようなカキツバタ(かな?)やアザミなどのほか、オダマキやオニユリなども見られた。
中でもアザミがこんなに綺麗な花だったか、と思うほど実に綺麗だった。


さて、メインターゲットのニッコウキスゲはどうだろうか。湖に下りる過程で遠くから何んとなく見えていたのだが、詳しくは次回に。

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2010.07.27

赤城山2


7月22日の赤城山の続き。


ニッコウキスゲは残念だったが、わざわざ出向いてくれば何か良いことがあるものだ。


ここ覚満淵ではカルガモの赤ちゃんが産まれたらしい。親ガモに見守られつつ、赤ちゃんが如何にも楽しそうに、水に潜ったり浮き上がったりで、忙しく動き回っていて、写真を撮るのもままならなかったが、何んとか何枚か取ることができた。


今回は目的を果たしたとは言えなかったが、かわいい赤ちゃんガモを見ることができたことで満足することにしよう。

覚満淵でひと時を過ごした後、大沼(おの)畔の赤城神社に車を移動して、日陰を求めて、湖を眺めながら昼食休憩。
右の写真は何年か前に登ったことがある黒檜山を赤城神社から眺めたものである。右下に見える駐車場に小生の愛車ティーダを停めてある。
さて、昼食休憩の後、赤城神社でお参りを済ませてから帰路についた。ニッコウキスゲはどこかでリベンジすることにしよう。

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2010.07.26

赤城山1


7月22日、ニッコウキスゲの観賞をメインターゲットにして赤城山に向かった。
右の写真は途中の白樺牧場横の売店で見られたシモツケだが、今が見ごろのようで、ここに至るまでの車窓からも随所で綺麗な花を見ることができた。ここで牛乳の匂いのする美味しいソフトクリーム舐めながら小休憩して、さてニッコウキスゲの覚満淵に向かうことにしよう。
白樺牧場から覚満淵近くの県営無料駐車場まで車を動かして、覚満淵まで歩く。
間もなくニッコウキスゲが見られるはずだったのだが、全く見えない。何年か前に来た時に、鹿に食い荒らされたと聞いたことを思い出した。今年も鹿にやられたのかな、と思って訪問客の一人に尋ねたところ、笹に負けたのでは、という答えが返ってきた。そう言われてみれば、確かに笹が密集していて、これに負けたのかも知れない。やむなく沼の周りを反時計回りに注意しながらゆっくり歩いてみたが、中々見つからなかった。
沼の周りを半周ほど歩いた辺りで、ようやく一輪だけ見つけた。この後も、網で囲って保護されている中にニッコウキスゲを少しだけ見ることができたが、全体的には壊滅状態に近いと言ってよいだろう。
とても残念だが、今後の回復に期待することにしよう。

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2010.07.22

御岳山滝巡り3


7月17日滝巡りの続き。


天狗の岩から急斜面に設けられた手摺りのついた鉄の階段を幾つ下っただろうか。ずい分下って、ようやく七代の滝に辿り着いた。(右の写真)
これも小さな滝だが、近づくとやはり涼しくて、実に心地よい。


さて、ここまでは殆ど下りで楽だったが、この先はここまで下った分を全部登り返さなければならない。ここが辛いところで、長尾平までの一方的な登りが結構きつかった。
下の写真は登り返しのひとコマで、急斜面の植林が管理されている様子である。この辺りでは間伐・枝打ちが行われているようだが、全体的にはまだまだ管理されていないところが多いように思われる。それはともかく、植林されたところでは、自然林に比べて根の這い方が弱いように思われる。土砂崩れが起きなければよいがと心配である。こんな急斜面に植林することの是非が問われるのではなかろうか。

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2010.07.21

御岳山滝巡り2


7月17日滝巡りの続き。


長尾平からしばらく下ると、やがてロックガーデンへの分岐に至る。ここをまっすぐ進むと大岳山への本格的な登りが始まるのだが、この日は分岐に入り綾広の滝へと下る。
右の写真が綾広の滝である。小さな滝だが、梅雨で長い間雨が続いたせいもあって水量がいつになく多く、そして涼しくて実に心地よい。ここに至るまで暑くてずい分汗をかいたが、救われる気分である。ここで長居をしたいところだが、まだまだ先は長い。先を急ぐことにしよう。


さて綾広の滝を後にして、川沿いにロックガーデンと呼ばれる人気のコースをしばらく下る。やがて下りが終わって少々登り返したところで天狗の岩と呼ばれる人気のスポットに到着。(下の写真)

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2010.07.20

御岳山滝巡り1

7月17日、御岳山から滝巡りを楽しんだ。
まずは御岳登山鉄道の滝本駅からロープウェイに乗って御岳山頂駅に向かう。(写真は日の出号)
山頂駅の広場でしばし展望を楽しんだ後、御岳神社を経由して長尾平を目指して歩く。
長尾平からは、崖を一気に下って七代の滝→ロックガーデン→綾広の滝へと歩くのが滝巡りの一般的なコースのようだが、地面がかなりぬかっていて、急斜面を下るのは危なそうに感じたので、今回は逆コースで歩くことにした。
長尾平を横目に大岳山へのコースを歩く。このコースは、大岳山へ登るとき何度も歩いている馴染みの路であり、ロックガーデンへの分岐までしばらく下りが続く。
右の写真は大岳山へのコースを歩いている時のひとコマである。木の根が急斜面の地中にしっかり根を張っている。土が木を育て、木が土の崩壊を防いでいる。これが自然というものである。

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2010.07.12

民主党が大敗


(右の資料は東京新聞7月12日朝刊1面より)


昨日行われた参議院選挙には、小生は投票に行かなかった。極めて珍しいことだが、どの政党がよいのか、どの候補がよいか、どうにも選ぶことができなかったからである。


さて即日開票の結果、民主党が改選前の54議席から43議席まで大きくダウンしたのに対して、自民党が38議席から51議席へと増やした。
この結果、民主党を中心とする与党と自民党以下の野党の勢力が逆転して、衆・参両議院はまたまたねじれ状態となった。
鳩山さんの時は、自民党政権時代にもこれ程まではと思われるような暴走やら混乱が繰り返されていたから、これに歯止めをかける意味でも“ねじれ”の状態はかえって好ましい姿であるかも知れない。


さてさて、右の表を見ても政党の数がずい分多くなって、どの党に誰がいるのか、どの党が何を訴えているのか、硬くなった頭ではどうにも分かりづらい。とは言っても、自民党、民主党、公明党の3党以外は、全部合わせても全体の8%ほどにしかならないのだから、小さな政党に分散しただけに見える。いずれ消滅するものもあるのだろう。
そんな中、みんなの党が非改選の1議席から今回の改選で一挙に9議席を増やしたのは大躍進と言える。この党が訴えている内容は小生が今の政治に求めていることとほぼ一致しているようだから、その本気度を見極めつつ、今後応援する気になるかも知れない。


ところで、民主党前幹事長の小沢さんは民主党大敗の結果を受けて、
 「首相を代えるのがよくないというのであれば、周りの人間が責任を取るのが当たり前」
と言ったとか。小沢さんの金権体質が民主党が大敗を喫した一因になっていることを、この人は理解できていないのかな。

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2010.07.08

名古屋場所は表彰辞退


(右の資料は東京新聞7月8日朝刊1面より)


開催されることになった名古屋場所は極めて寂しいものになりそうだ。千秋楽恒例の行事となっている表彰の殆どが消えてしまう。右が相撲協会が辞退した主なものだが、要するに協会独自の表彰を除いて、外部からの表彰の全てを辞退するということである。
外部からの理事長代行が重い天皇賜杯を持てるのかなと心配していたが、これもなくなってしまって、結果的に良かったのかどうか。理事長代行が天皇賜杯を必死になって持ち上げる姿を見たかった気もしていたので、少々残念ではある。
さて、これだけでも大変なことだが、NHKが実況放送をしないことを決めたという。ダブルパンチである。ところが、これだけではなかった。政府の公益法人制度改革に伴い、現在の公益法人は2013年度までに審査を受けなければならないのだが、税制面で優遇措置を受けるべく公益財団法人への移行が認可されるかどうか、相当に厳しい情勢であるらしい。


協会も力士たちも、これまでのような“その場しのぎ”は、もはや通用しないことを知るべきである。監督官庁である文科省も本気のように見えるから、今度こそ本格的な改革ができるかな。

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2010.07.05

名古屋場所番付


(右の資料は東京新聞7月5日夕刊)


野球賭博など角界史上最悪の不祥事に大揺れに揺れている国技大相撲の名古屋場所番付が一週間遅れで発表された。幕内だけで7人もの不出場者が出て、改めて大変なことになったことが実感されるが、中でも解雇された大関琴光喜関の名が番付に残ったことが実に印象的である。琴光喜関にとって生涯忘れることのできない番付になったことだろうと思う。とても残念である。
第三者機関である特別調査委員会の勧告をほぼ全面的に受け入れて相撲協会の理事会が決定した処分は極めて厳しいものと受け止められているようだが、本当にそうだろうか。解雇された琴光喜関と他の謹慎処分となった幕内力士との違いは、琴光喜関が協会の調査票に虚偽の報告をしたことにあるように見受けられるが、琴光喜関には本当のことを報告できない何らかのプレッシャーがあったのではないかと想像する。琴光喜関を処分することによって、協会の厳しい姿勢を印象付けようとしている感じられるが、本質がずれているのではないだろうか。相撲界全体に蔓延していた史上前例のない大問題が発覚したのだから、トップが辞任するのは当然であり、理事長を含む10人のまわし組理事の総退陣が本質だと思う。当面は理事長代行の下で名古屋場所を無事に終わらせることが大事だが、場所が終わって謹慎処分となった理事たちが戻るのでは、一相撲ファンとしてとても納得できるものではない。
もう一度言う。理事の総退陣が本質なのだ。

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