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2011.03.12

東北地方太平洋沖地震

昨日午後1時から、地元の自治会館で囲碁の会の集まりがあって碁を打っていた。3時前だっただろうか、突然ゆらゆら揺れ出して、中々止まらない。それどころか、段々揺れが大きくなってきたので、みんなで慌てて外へ飛び出した。
外へ出ても地面の揺れが中々止まらない。駐車場の車の中にひと組の初老の夫婦が乗っていて、茫然としていた。この車のテレビを見せてもらい、震源地は三陸沖で、宮城県で震度7、東京でも震度5強と報じられていた。この情報を得て、これはとんでもない規模の地震であることを直感した。
4時過ぎに我が家に戻ってみると、小生の書斎のテーブルに置いてあったパソコンの液晶モニタが床に逆さまになって落下していた。やはり相当な揺れだったのだ。これだけの激しい揺れに遭遇したのは何十年ぶりだろうか。

その後テレビにかじりついて、刻々報じられる地震の情報を注視する。地震の規模を示すマグニチュードは何度かの修正が重ねられて、最終的には8.8になった。これは関東大震災の7.9よりはるかに大きく、やはりとんでもない規模の地震だったようだ。この地震の影響は津波も含めると、北海道から、東北地方、関東地方、東海地方はもとより、九州、沖縄にまで及んでいる。

地震のマグニチュード8.8は我が国の観測史上最大とのことである。被害の実態はまだまだ全貌が明らかになっていないものの、空前にして絶後のものになりそうな気配が濃厚である。
いま政府が全力を挙げて救済に乗り出しているが、範囲があまりにも広く、どこで、どんな被害があるのか、その実態を把握することが容易でない上に、被災が確認できた場所でさえも救助が追いつかない状況のようだ。

それにしても、狭い国土に4つものプレートがひしめき合っている日本は、世界にも類例のない、あまりにも過酷な宿命を背負わされている大変な国である。我々日本人は、地震や火山災害とともに暮らしてきた祖先のDNAを受け継いでいるのだろうと思う。この歴史的な大災害を、勇気と知恵をもって何んとか乗り切っていかなければならない。

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