« 2015年2月 | トップページ | 2015年4月 »

2015年3月

2015.03.31

大洗方面へ日帰り旅行

今日も朝から晴天で、日中は気温が23度くらいまで上がるらしい。桜も昨日のうちにかなり咲いたようだ。

さて昨日は、地元老人会の日帰り旅行に参加した。大洗方面である。
いつもの場所に朝7時集合(写真右)、7時15分集発だったが、定刻より少し遅れて出発した。
圏央道青梅インターから関越道→外環道路→常磐道と走るのが定番だが、そちらは渋滞が予想されたので、関越道→北関東自動車道のコースを走った。
随分と遠回りになるが、小生にとっては北関東自動車道は初めてなので、新鮮に感じた。何よりも渋滞が全くなく、スイスイと走れたので気持ちがよかった。

北関東自動車道路をひたすら走って、笠間パーキングでトイレ休憩の後、友部インターで高速を降り、笠間稲荷に立ち寄って、ここで記念撮影やら、見学でしばしの時を過ごした後、再び高速に乗って、大洗方面へと向かう。
水戸大洗インターで北関東自動車道路を降りて、まずは大洗ホテルで昼食。もとより海鮮料理が中心で、ネタはどれも新鮮でとても美味しかった。

ホテルで昼食の後、再びバスに乗って大洗水族館へと向かう。着いたのは午後1時頃。
バスの中であらかじめ3時集合とアナウンスがあり、ずい分と間があるなと思ったのだが、ここで一番人気のイルカショーが2時開演で、これに早めに並んで待っていないと入れなくなるかも知れない、とあっては、並んで待つしかなかった。イルカショーは中々面白かった(写真右)が、これが終わったのは2時半頃、残り30分のうちに水族館内を回らなくてはならない。急ぎ足で回って、よく分からないままに時が過ぎてしまった感じだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.29

野山北公園

明日は地元老人会の日帰り旅行だから、明日の分を今のうちに書いておこう。

3月28日、カタクリの花を目当てに、野山北公園に行った。
新青梅街道を新宿方面に走り、‘武蔵村山高校北’交差点で左折し、道なりに進むと、やがて左手に武蔵村山市総合体育館が見えてくる。これを横目に更に進むと、間もなく左手に総合運動場があり、これも横目に更に進んだところに、立派な市営の無料駐車場(赤坂駐車場)がある。
この先にも車道が通っているのだが、今回はここに車を置いて歩くことにした。

赤坂駐車場から、だらだらの登り坂を少し歩くと、右手に都立公園の管理事務所があり、ここに立ち寄ってから、また歩き始めた。
管理事務所からすぐに尾根に取り付いて、六地蔵に出会う。ここから南の方へ尾根道を少し歩いて、左の方向へ向かう別の尾根道に入る。ややあって、トイレのある園地に出会う。ここから左へ下ったところで、斜面一帯にカタクリの見事な群生が広がっていた(上の写真)。

これだけで、もう十分満足してしまったのだが、これだけではなかった。沢底の湿地には水芭蕉がきれいな花を見せてくれた(右の写真)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

都立野山北・六道山公園

今日は今のところ晴れているが、この後次第に崩れてきて、午後には雨が降る予報である。気温は日中に19度くらいまで上がるらしいから、桜のつぼみが縮むことはないだろう。

上の絵は武蔵村山市総合運動場の少し奥にある赤坂駐車場に置いてあったパフレットットから切り取ったものである。縮小し過ぎて字が読み取りづらいが、全体の雰囲気が感じられればよしとしよう。

この絵の右端の沢筋を中心とした一帯が武蔵村山市の野山北公園であり、左上方面に瑞穂町の六道山公園がある。これら両公園を結ぶ地域に、自然林と里山風景が残されていて、都立野山北・六道山公園として、自然と里山の再生・保護が進められている。

この都立公園には過去に何度か来ており、野山北公園側に車を置いて六道山公園まで歩いたり、これの逆コースを歩いたり、里山に車で行ってその周辺を歩いたり、色々なアプローチのし方があるし、山の南側には幾本かの沢があって、沢筋には貴重な草花が保護されつつ自生しているので、何度歩いても飽きることはない。

今回はカタクリの花を主な目的として、野山北公園に入っており、次の記事で詳しく取り上げたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.28

プロ野球が一斉に開幕

ここ何日間か、ずっと好天気が続いて、気温も上がってきた。桜も蕾が赤くなってきたので、ここ数日中には開花するだろう。

さて、いま春の選抜高校野球が佳境に入っている中、日本のプロ野球も昨日、一斉に開幕した。
右の資料は、今日の東京新聞朝刊の記事より切り取ったものである。

勝敗の結果の先に、まず観客動員数に注目してみよう。

 札幌ドーム    : 41,138 人
 西武プリンスD  : 28,210 人
 ヤフオクドーム  : 38,500 人
 東京ドーム    : 45,524 人
 京セラドーム   : 34,808 人
 マツダスタジアム : 31,332 人

パ・リーグ合計が107,848人、セ・リーグ合計が111,664人で、両リーグの間に殆ど差がなく、各球場ともよく入ったというべきだろう。
‘人気のセ、実力のパ’という言葉は、もう死語というべきかな。このところ、実力ではパ・リーグが押し気味の感があるから、‘人気もパ 実力もパ’などと言われないよう、セ・リーグの方が頑張らないといけない状態かも知れない。

そして試合の結果だが、まずは日本ハムの大谷投手が楽天のエース則本と投げ合って、開幕試合に1勝をあげとことが特筆されるだろう。ただ、大谷投手は6回途中で両ふくらはぎがつって、降板したことが心配である。癖にならなければよいのだが、...。

さて元巨人ファンとしては、やはり巨人の試合が気にかかり、テレビにかじりついて、結局最後まで見てしまった。試合の内容は、巨人が序盤の1・2回に3点を奪い先行したのだが、その後はむしろ押され気味で、守備の総合力で何とか勝ち取った試合だったと思う。オープン戦ではいまいち調子が上がらなかった先発の菅野が7回を投げて、1失点で切り抜けたのは、さすがと言っておこう。
巨人がこの日のような守備力を続けられるなら、今年もやはり巨人がセ・リーグの本命と言ってよいと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.26

奥多摩湖周辺の散策3

④のコースについて
浮橋を渡ったことは何度かあって、その都度少し奥まで歩いていることは確かだが、山のふるさと村まで歩いたことがあったかは、記憶が定かではない。

⑥の コースについて
周遊道路から山のふるさと村、月夜見第二駐車場から御前山、都民の森から三頭山のコースはどれも全部歩いている。特に都民の森から三頭山へは数えきれないくらいである。
御前山からの富士山の眺めもなかなか立派であるが、三頭山からの富士山の眺めは絶景である。
都民の森からは、三頭山まで登らなくても、三頭大滝までなら、駐車場からの階段をひと登りしてしまえば、その後は、木工屑を敷き詰めたなだらかな遊歩道が続くので、あまり体力を使うことなく、気持ちよく歩くことができる。森林浴には最適の場所である。




| | コメント (0) | トラックバック (0)

奥多摩湖周辺の散策2

右の資料は前の記事の散策マップの絵の周りに書いてあった説明文である。

まず①の’奥多摩むかし道コース‘について。
このコースは少なくても2回は歩いている。
一度目は何かのイベントに参加したものだと記憶しているが、いつ頃のことだったか全然覚えていない。この時は奥多摩駅から奥多摩湖へ歩いたはずである。
こういうイベントは、後にゆっくり自分のペースで散策することを前提に、コースの全貌を把握することを目的にして参加することが多い。そして何より、大勢の人たちと行動を共にするので、あまり自由に歩き回ることもできない。
二度目は多分車で奥多摩湖まで行き、奥多摩駅まで逆コースで歩いたのだと記憶している。このときは、奥多摩駅からバスで奥多摩湖まで戻ったのだと思うが、何分ずいぶん前のことなので、よく覚えていない。
ということで、2回ともはっきりした記憶はないが、山の高いところへ上がったり、川の近くまで下りたり、吊り橋を渡ったり、中々変化に富んでいて、景色もよく、また来てみたいと思ったことは確かである。

次の②のコースについて。
ここへは車で何度も来ていて、一番高いところの見晴らし台までは何度歩いたか分からないくらいであるが、コース全部を歩いたのは一度だけかも知れない。下界(?)の花見に飽き足らないときや、紅葉の時期によく訪れるコースであるし、この先の小菅村や丹波山方面へ向かう時も、一休みに立ち寄って、途中までひと登りしたこともあった。

③のコースは、車で峰谷方面へ釣りに行ったことがあるくらいで、散策コースは殆ど歩いていない。いつの日か、歩くことがあるだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.25

奥多摩湖周辺の散策マップ

今日も一応晴天だったのだが、風がやたらに強くて、冷たかったから、外へ出るとかなり寒く感じた。

さて、下の資料は23日、吉野梅郷に行ったとき、どこかで手に入れた観光案内パンフレットの一部を切り取ったものである。
絵が小さくて分かりづらいが、この絵では①~⑥の散策コースのうち、⑤には×印がつけられているので、これを除いて、五つのコースに分けられている。
これら五つのコースについて、小生はそれぞれの全行程を歩いているわけではないが、どこコースも立ち寄ってはいるようだ。
次の稿以降で、コースごとに振り返ってみたいと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.24

コープが新装オープン

今日は朝から晴れ間の多い一日だったが、気温が上がらない上に、風が強くて、かなり寒かった。冬将軍殿の最後の悪あがきなのだろうか。

そんな中、新町市民センターまで碁を打ちに出かけたのだが、なんと、途中にある‘コープ青梅新町店’が開業していた。この店は、売り場改装工事のため、1月13日から3月下旬まで休業ということになっていたのだが、今日が開業日であることは知らなかったのである。

そんなわけで、碁を打つのを早々に切り上げて、帰りに寄ってみた。
店内は確かに広くなっているし、真新しい感じだった。
せっかく寄ったのだから、少しだけ買い物をして、その後、建物の周りを見分した。駐車場が気になっていたのだが、従来の場所の他に、若草通りの反対側の車道を挟んだ場所に結構な広さの駐車場を確保していた。これなら大丈夫だろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.23

吉野梅郷もう一度

今日は朝から晴天だったが、午後2時頃から怪しくなってきた。今夜から明日朝にかけてかなり冷え込むらしいから、気を付けよう。

さて、吉野梅郷の様子が気になって、また行ってみることにした。今年になってこれで3度目である。
青梅線に乗るときは、いつもなら日向和田駅で下車するのだが、今日は一つ先の石神前駅で下車して、下の写真の好文橋(人道橋)で多摩川を渡って吉野街道側に出た。
吉野街道を横断して、結局いつものように、観梅通りを歩いた。ここを歩いても梅がないことは分かっているのだが、いつもの癖なのか、何となくここを歩いてしまうのだ。
梅のない観梅通りを通って、梅のない梅の公園(?)まで歩いたのだが、菜の花はまだ全く咲いていなかった。山の上の方に、わずかにツツジだけが見ごろを迎えていた。よく見ると、結構きれいなのだが、いかにも寂しげである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.22

我が家のカタクリ

昨日は少し肌寒い感じだったが、今日は一転して暑いくらいだった。こんなにコロコロと天候が変わると、天候にわが身を合わせるのが大変である。

さて、子猫の額ほどに狭い我が家の庭の片隅に植えてあるカタクリが咲いてきた。蕾を含めると、全部で7輪ほどになるようだから、これらが全部咲くと、結構賑やかなことになるだろう。楽しみである。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.21

滝山城跡に駐車場

今日も一日ぐずついた天気で、偶に霧雨が落ちたり、時々日が射したり、分かりにくい空模様だった。

さて下の資料は、今日の東京新聞朝刊(26面)の記事である。
滝山城跡には過去に何度か行っているが、滝山街道側からだと、駐車場が見つけられなくて、ずい分調べた記憶がある。
結局、国道16号線の拝島橋を渡ってすぐに多摩川に下りて、多摩川の右岸を上流に向かって走り、運動場の辺りに車を置いて、そこから歩いたものである。この方法でも特に問題はないが、滝山街道側から歩けば、また違った雰囲気が感じられるかも知れない。いつの日か行ってみたいと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.20

満開宣言(河津桜と梅)

今日は一日中、グズグズした空模様だったが、雨は降らなかった。

さて、我が家から最寄りの若草公園の河津桜と梅が満開と言ってよい状態である。少し遅すぎたくらいかも知れないが、ここで満開宣言をしておこう。
桜はまだまだ蕾が小さい上に硬い感じで、咲くまでには当分かかりそうだ。これから先、少し寒さがぶり返しそうだから、開花は4月になるのかな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.19

水素自動車

今日は一日中小雨模様だった。明日から日曜日までは似たような天気が続くらしい。

さて、JAFMate4月号が届いたので、3月2日に取り上げた「電気自動車と燃料電池車」の続きである。今回は燃料電池車(以下水素自動車と呼ぶ)の場合における、水素ステーションでの水素の作り方についてまとめられている。(下の図)
これらの中で、ステーション内に水素製造設備を設け、天然ガスなどから水素を製造する方法が最も実用的らしいのだが、総合的なCO2排出量は、現在のガソリン車とあまり変わらないことになりそうである。
まだよく分からないので、次号を待つことにしよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.18

昭和記念公園(13年1月)

昨日はやたらに暑かったが、今日はそれほどでもないようだ。日中は何とか好天が続きそうだが、今日の夕方から明日にかけて、崩れる予報である。

さて、2012年の小生の足跡は3月7日に書いた「河原野菊」で終わりにするとして、これからは合間を見て、2013年の足跡を追っていくことにしよう。

まずは2013年1月30日に訪れた昭和記念公園について。
下の写真は、砂川口から入場して、橋を渡って間もないところにある‘木漏れ日の里’の中で咲いていた蝋梅(左)とセツブンソウ(右)である。
当日撮影した写真を追うと、この後、‘木漏れ日の丘’の一番高いところに登って、富士山を眺めてから、‘こもれびの里’へ下り、‘みんなの原っぱ’の東側を進んで、‘花木園’~’ふれあい橋’~‘ふれあい広場’へと歩いたようである。
当日撮影した写真は、ふれあい広場の奥にあるカナールの噴水が最後になっているので、この後どのルートを歩いて帰ったのか定かではない。
この日使ったカメラは、Canon製のIXY50sというカメラで、今でも使っているのだが、このカメラは寒い時期になると時々誤操作するみたいで、この日も右上と左下が真っ黒になる写真が多かった。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.17

今日は暑かった

今日も晴天で、いつになく暑かった。
朝起きて、いつものように長袖のTシャツにセータを着たのだが、段々に気温が上がって、暑くなってきた。

午後に新町市民センターまで碁を打ちに出かけるときには、もちろんセータを脱いで、防寒着も持たずに出たのだが、それでも暑いくらいだった。

下の写真は、若草公園の河津桜と梅の花で、どちらも見頃と言ってよく、結構多くの人が群れ集まっていた。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.16

リンパストレッチ?

今日は午後3時頃まではまあまあの天気だったが、その後段々怪しくなってきて、現在は少々荒れている。

さて、今日の東京新聞朝刊11面に、下の資料のようなリンパストレッチの記事が載っていた。
このストレッチをやれば、リンパの流れがよくなって、免疫力が上がるということらしい。
少しだけやってみたが、大変ということはないものの、途中で飽きてしまいそうだ。
この絵にあるものを全部やっても3分くらいで終わるのだが、あい間に一つづつなら、もっと簡単にできそうだから、続けてみようかな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.15

キューバ危機で核攻撃命令?

今日も良い天気で、日中は気温も上がって、ポカポカ陽気だった。

さて、右の資料は東京新聞3月15日朝刊1面の記事の抜粋である。
1962年のことだから、もう50年以上も前のことである。この時のキューバ危機は世界中が極めて緊張した事態だったのだが、この中で、アメリカが沖縄のミサイル部隊に誤ってソ連への核攻撃指令を出していたのだという。この指令に疑問を抱いた現場の指揮官が発射を回避したからよかったものの、実に空恐ろしいことである。

当時の恐ろしさについては置いておくとして、何十年か後であっても、こういうことが必ず明るみになるという仕組みがあることは大切なことと思われる。国や国民を大きな危険に導くことがないよう、時の権力者に対して大きな抑止力になると思うからである。日本でもこういう仕組みについては議論がなされていることと思うが、是非しっかりと進めてほしいものである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.14

花のない吉野梅郷

今日も良い天気で、明日までは続きそうだ。気温も段々上がりそうな気配だから、もう春になるのかな。

さて好天の下、青梅線に乗って吉野梅郷まで出かけ、梅の公園が花の公園に変貌しているはずの様子を見るつもりだったのだが、残念だった。

上の写真は入り口付近に置かれていたもので、かつての吉野梅郷の写真が展示されていた。

そして下の写真だが、少し前まで張られていたシートが外されたのはいいが、現れたのは菜の花の葉だけで、花は一輪も見つけることができなかった。
今日は土曜日だというのに、訪れた人は僅かで、実に寂しい限りであった。仮に菜の花がいっぱいに開いたとしても、昨年までの美しい姿とは比べるべくもないだろう。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.13

サイクリング

今日も良い天気だったが、午前は月1回の医院通い、午後は囲碁の会の集まりで、どこへも出かけなかった。

という訳で、昨日の足跡を少しだけ記録しておこう。
足跡といっても、実は自転車で少し遠くまでサイクリングをしただけなのだが、自転車というやつは、便利なようで、結構不便なところもあるらしい。
普段は徒歩で写真を撮りまくりながら歩いているので、家に帰ってから写真を見て、どこをどう歩いたのか、大体見当がつけられるのである。ところが自転車となると、停めるのが面倒らしく、結局3枚しか撮っていなかった。そんな訳で、分かっているのは、霞川沿いの道を下流に向かって走り、入間市に入って国道16号の近くまで行ったことくらいなのだ。

そんな訳で場所はよく分からないのだが、下の写真は、霞川に近く、岩倉街道が見える(後ろ)辺りから奥多摩の山々を眺めたものである。




| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.12

原発をゼロにできるのか

今日も晴天で、日中は気温も上がったようなのだが、風が結構強くて、ポカポカ陽気という感じではなかった。

さて、下の資料は東京新聞3月12日朝刊3面の記事の抜粋である。
元総理の小泉さんは、福島第一原発の事故以来、原発をゼロにするよう呼びかけている。この問題については、小泉さんのみならず、同様に思っている人は少なくないのだろうと思う。

小生としては、「原発はやらない方がよかった」というのが率直な考えであるが、既に大量に貯め続けてしまった使用済み核燃料を無視することはできない。いま小生が感じている幾つかの重要な問題点を指摘しておこう。

 1.原発をゼロにしても安全にはならない。
 2.核ごみの再処理、最終処分には更なる技術開発が必要である。
 3.生産のないところに有能な技術者は集まらない、育たない。

1.原発をゼロにしても安全にはならない
 先の福島第一原発の事故の際も、燃料プールが極めて危険な事態に至ったことを忘れてはならない。危険なのは運転中の原子炉だけではない。核ごみが残っている限り、安全ではないのである。
 そしてもう一つ、隣国の韓国や中国にも原発があるのであり、もし隣国で原発事故が起こったらどうなるのか。不幸なことに我が国はこれらの国の東に位置しており、偏西風の影響が避けられない。事故当事国よりも大きな被害を受けるかも知れない。日本だけが原発をゼロにしても安全にはならないのではなかろうか。

2.更なる技術開発が必要
 いま日本では、青森県六ケ所村に再処理工場を建設し、核燃料サイクルを進めようとしていて、これの頂点に高速増殖炉もんじゅが位置していることになるのだろうが、どちらも、これまでに数々の事故を起こしており、中々先が見えないのが実情のようだ。完成するまでには、まだまだ研究が必要であるようだ。
 もし原発をゼロにして、核ごみをこれ以上増やさないとしても、今まで貯め続けてきた核ごみをどのように処分するのか、そして、プルサーマル計画をやめるのか、もんじゅも廃炉にするのか、重大な決断が迫られることになるだろう。何れにしても、更なる技術開発なしに進めることはできないように思われる。

3.生産のないところに有能な技術者は集まらない、育たない
 もし原発ゼロが実現したなら、原発に関する技術者たちのニーズは大きく減るだろうし、多くの有能な人たちが海外に流出するかも知れない。そして、原発エネルギーの生産が無くなれば、将来の財産となるべき若者たちも集まらなくなることは目に見えている。
 一方核ごみの最終処分には、解決の糸口が見えてくるまでに、おそらく数十年とか、100年以上という極めて長い年月が必要になるのではなかろうかと思う。その間、有能な技術者たちが育たなかったなら、どういうことになるのか。本当に絶対安全な処分方法を見出すことができるのか、大いに心配である。

 さて、原発ゼロを叫んでいる小泉さんが上のような問題をどう考えているのか、小生には分かりかねる。要するに、「原発ゼロという大方針を打ち出し、その中で生じる様々な困難な問題を克服しながら進めろ」と言っているように理解している。
 一方、現総理の安倍さんは、原発稼働に積極的な上に、海外輸出まで進めようとしているように見受けられる。何やら危険な匂いがする。大丈夫なのかな。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.11

ホームページとブログ

今日はようやく晴天である。が、まだかなり寒い。

さて、2005年からホームページとブログを始めているのだが、ブログを中心にして、ホームページの方は“ブログの表紙”程度の感じで進めていたように思う。
ところが、どちらも中身よりも体裁の方が気になって、あれこれと弄くり回していて、これが今でも延々と続いている。

まずブログだが、こちらの方はプロバイダが豊富なテンプレートを用意してくれているので、これを使っていれば、体裁に時間を費やすことなく、ある程度自分の好みに合った形を作ることができ、ひたすら記事を書くことに専念すればよいようになっている。
始めのうちは用意された無数のテンプレートの中から、自分の好みのものを幾つか選んで、それらを使いまわしながら進めていたのだが、いつの頃からか、どのテンプレートにも飽きて、ついには自分で作ってしまったのである。
とは言っても、プロバイダが公開しているスタイルシートをカスタマイズしているだけで、完全に自由に作れているわけではない。それでも、ブログ全体の背景や、記事部分の背景、バナー部分の背景(写真)などは自分の好みに合わせて、時々入れ替えながら使っているので、とりあえずは満足している。

そしてホームページの方であるが、こちらは完全に自由に作れるので、大いに満足しているのだが、自由度が高い分、全て自分で作らなければならないので、作業量が膨大である。
マイホームに例えるなら、建物はほぼ満足できるものに仕上がって、電気・水道・ガスも入っていて、何とか生活ができると思いそうだが、一歩中に入ると、鍋、釜のほか布団があるくらいで、テレビもない、冷蔵庫もない、洗濯機もない、エアコンもない、飾り物など何もない、...。まだまだそんな状態のままなのである。
そんなわけで、少しでも充実させるべく、いま“my photo”の部分を05年に遡って、中身を付け足しているところである。現在は06年まで何とか終わって、いま07年の追加工事を行っている最中である。なかなか面倒くさい上、作業量も多くて、いつ終わるとも知れない作業を延々と続けなければならない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.10

ダルビッシュがピンチ

右の資料は、東京新聞3月9日朝刊22面の記事のタイトル部分を切り取ったものである。

今回の検査で右肘内側副靭帯の部分断裂が見つかったというものだが、ダルビッシュが昨年8月に炎症を起こして戦線離脱したのと同じ部分だったらしい。
ヤンキースの田中も、昨年7月にやはり右肘靭帯の部分断裂を発症して、戦線離脱したのだったが、彼の場合は手術を避けて、PRP療法なるものを受けて、2ヶ月余りで復帰している。

ダルビッシュはどうするのか、手術をするのか避けるのか、決断が迫られる。
田中のケースは、今季の結果を見ないと分からないし、参考にはならないだろう。
もし手術をするようなことになれば今季の出場は絶望だし、手術を避けて将来のためになるのか、極めて難しい判断をしなければならない。

田中の場合は、渡米前のシーズンで無傷の連勝を続けたり、続く日本シリーズで頑張り過ぎたこともあって、少々無理をしたのではないのかなと思っていたのだが、ダルビッシュにはそのようなことはなかったように思っていた。
アメリカに渡ってから新たな変化球を覚えたりして、本人も気づかないうちに右肘に負担がかかっていたのかも知れない。

ダルビッシュも田中もまだ若いのだから、早く復帰することよりも、これから先長い期間活躍できることの方が大事である。判断を誤らないようにしてもらいたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.09

選挙年齢18歳以上

今日も雨模様で、寒い。おとなしくしていようかな。

さて下の資料は、東京新聞3月8日朝刊3面の記事の抜粋である。
この記事によると、世界の167ヶ国が18歳以上と定めていて、日本のように20歳以上としている国は、世界の中でごく少数派であるらしい。
いま日本では、選挙権年齢を18歳以上へと引き下げる公選法改正法案が衆議院に再提出されているが、すんなり可決されることになるのだろう。
選挙年齢が18歳まで引き下げられれば、これまでとは別の問題や事件が起きるかも知れないが、乗り越えていくしかない。若者たちに政治の責任を持たせることは、もっと大きなプラスを生むことになると信じる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.08

SQLインジェクション?

今日は朝から小雨模様で、一日中グズグズした天気となりそうだ。そして少し寒い。

さて、右の資料は東京新聞3月6日夕刊9面の記事の抜粋であるが、‘SQLインジェクション’とは何なのか。さっぱりわからない。

この新聞記事によると、既に詐欺罪などで起訴されている20歳の若者を、警視庁が不正アクセス禁止法違反容疑で再逮捕した、というものだが、どうにも分かりづらい。
逮捕容疑の内容は、ご当地グルメサイトにサイバー攻撃を仕掛けて、他人のIDを不正に入手し、ショッピンブサイトでスマートフォンなどの物品を購入・転売したり、旅行などのサービスを購入していたらしく、その金額は合計1500万円分にも上るというものだ。

そもそもSQLとは、データベースを操作するためのプログラム言語らしく、これを使ってサイトのデータベースに不正アクセスし、情報を入手したり、データを改ざんしたりすることをSQLインジェクションと呼んでいるようだ。
小生もクレディッとカードは偶に使うが、大丈夫なのかな。新聞記事には、IDの使いまわしは避けるようにと書いてあったが、IDの使いまわしとは、どういうことなのか、さっぱり分からない。もう少し分かりやすいように書いて欲しい。

小生の固くなった脳みそでは、その手口は何とも理解しがたいが、こんな難しいことを仕掛けて利益を得ているのだから、恐らくこの若者は、相当に頭脳が優れているのだろうと思う。
実にもったいないことである。余人にはない優れた才能を、是非、社会のために役立たせて欲しいものである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.07

河原野菊

今日は9時から、地元老人会(つくしの会)主催の資源回収に出向かなければならないはずなのに、目覚めたのは8時半に近かった。慌てて朝飯を食い、霧雨模様の中を飛び出していった。

さて、2012年11月1日の小生の足跡を記しておこう。
とは言っても、情けないことに、あまり記憶が定かではない。
多分、新聞記事を見て現地に行ったのだと思うが、小生の頼りない記憶によれば、福生まで電車で行き、福生駅から多摩川を永田橋で渡って、対岸の河原に入ったのだと思う。
下の写真が現地で撮った河原野菊である。
新聞記事には、絶滅が危惧される貴重種であるようなことが書かれていたと思うが、現地に着いてみると、河原一面にいっぱいの花が咲き乱れていた。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.06

梅郷でもバイゴーが消えた?

また少し寒くなってきたが、今日も晴天が続きそうだ。

さて、小生が3月4日に彷徨った吉野梅郷の一角に、‘ドラッグストアセイムス吉野梅郷店’があった。
この辺りはバイゴーの本拠地だったはずだが、本拠地の梅郷でもバイゴーが消えてしまったらしいのである。
少し前に「バイゴーが消えた」という記事を書いたが、それは河辺地域でのことだった。青梅市や周辺に残っているバイゴーは、まだまだあるが、いずれ全てが消えてなくなる運命にあるのだろう。
セイムスはお隣の埼玉県が本拠地なのだと思うが、ずいぶんと広げてきたものである。

話は変わるが、下の写真は若草公園の河津桜と梅の様子である。
まだまだ、どちらも蕾の方が圧倒的の多いのだが、木によっては10輪以上開花しているものもあった。
小生の勝手な判断で、こっそりと開花宣言をしておこう。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.05

岩割の梅が残っていた?

昨日は薄いコート(ウインドブレーカ)を着て吉野梅郷を歩いたのだが、段々暑くなって途中で脱いでしまうほどだった。今日もポカポカになりそうだ。

 


さて昨日、吉野梅郷を歩いた際、人気のスポットの一つ、‘岩割の梅’の様子を見に立ち寄ったのだが、写真左のような有様だった。
あった!,..と言っていいのか、何とも見るに堪えない姿である。残っているのは死骸なのかな?
伐採される以前は写真右のような姿だったのに、残念である。

下の資料は、青梅観光案内所、観光テレフォンサービス、青梅市商工観光課、青梅市観光協会の連名で出されているパンフレットの一部を抜粋したものである。
この岩割の梅については⑦に書かれてあり、何やら悲恋物語が隠されていたものらしい。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.04

梅郷が消えた

昨日の雨が今朝まで続いたが、9時頃には止んで、段々日が差してきた。

さて、今日は吉野梅郷の様子を見に行った。
ウメ輪紋ウイルスに侵されて、梅の木が全部切られていたことは知っていたのだが、実際に自分の目で確かめるべく現地に赴いたのである。

電車で日向和田駅まで行き、ここからまずは梅の公園まで歩いた。
上の写真は、公園に着いて、公園とは反対側の少し高いところに登って、公園全体を眺めたものである。
見事に梅ノ木が一本もない。
その代わりに、白いシートがいっぱいに敷かれていたから、その下には何か花が植えられているのだろう。

公園の入り口付近に、右の写真のようなビラが貼られてあった。
これによると、3月8日から4月5日にかけて、花祭りが催されるようである。
その時期になったら、また来てみようかな。

梅の公園を後にして、梅郷内の道を西へと歩く。
下の写真は途中の一風景だが、栽培農家の畑にも梅ノ木が一本もない。梅の木がないのでは、もはや梅の郷とは呼べない。梅郷が消えたのである。

いま、青梅市および関係者一同が、梅の名所として再び多くの人々に楽しまれるよう、真剣に取り組んでいるようであるが、気の遠くなるような大変困難な事業になることだろう。見守り続けたい。

下の資料は、青梅観光案内所、観光テレフォンサービス、青梅市商工観光課、青梅市観光協会の連名で出されているパンフレットの一部を抜粋したものである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.03

もうダメ! 我慢できない

昨日は一日中好天気で、日あたりのいい小生の書斎の気温は日中で24度にもなっていた。
ところが今日は一転して、どんよりしている。寒いし、一雨来るかも知れない。何とも忙しい天気である。

さて、まずは写真を貼り付けておこう。最寄りの若草公園の昨日の梅である。

今にもはち切れそうだ。

  もうダメ、我慢できないよう...

蕾さんたちが、こんな風に、必死になって叫びかけているように見える。
今にも咲きそうになっている写真のような蕾は、実はまだごく一部だが、昨日のような天気が4・5日も続けば、全体もかなり開いてくるのではないかと思う。

 もうすぐ春である。(ホントカナ?)

と言いたいところだが、またまた雨模様で寒い。冬将軍殿も中々にしぶといことである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.02

電気自動車と燃料電池車

今日は一転して晴天である。春に向けて、お空さんも実に忙しいことである。

さて、いま燃料電池車なるものが活気づいている印象だが、近い将来に本当に普及するのか、課題も多いようだ。
下の資料はJAFMate3月号45頁の記事の抜粋である。
JAFMateでは、この問題について、何か月かに渡って連載するようだから、しっかりチェックしておくことにしよう。

小生はこの問題について全くの素人で、殆ど分かっていないのだが、次号以降でより掘り下げられる前に、いま感じているところを整理しておきたい。

まず燃料電池車は、水素を燃料とするものだが、水素を車に直接搭載するのだとしたら、タンク内の圧力は相当に大きなものとなるはずだから、タンクは極めて頑丈なものでなければならないだろう。これに燃料電池(発電装置)が加わるわけだから、どうしても大がかりなものになりそうな気がする。
そしてサービスステーション(SS)では、大量の水素を貯蔵しなければならず、車に安全に充填するために、全体として設備はかなり大がかりなものになるのではなかろうか。
小生としては、ことに安全の面に大いなる心配がある。
 ・もし大きな衝突事故が起きても、車の燃料タンクは絶対に破損しないのか。
 ・もし大きな地震などの大災害が起きても、SSのタンクは絶対に破壊されないのか。
本当に大丈夫なのかな。

つぎに電気自動車だが、小生としてはこちらの方が将来性があると睨んでいる。
これの最大の問題は、走行距離とSSでの充電時間の点だろうと思う。
現時点での走行距離は、最長でも200 km程度だと思うが、これでは不満だろう。やはりガソリン車と同じくらいの距離(4~500kmかな?)は走れないと十分ではない。
そして、充電時間も30分くらいはかかりそうで、これでは全く不十分である。
小生は、SSで充電するのではなく、SSで充電池を交換する方法を追及してはどうかと思っているのだが、何か難しい問題があるのかな?
そしてもう一つ、充電池がどれくらいの大きさになるのか分からないが、2・3個搭載することは全く非現実的なのかな? もしこれが可能なら、走行距離の問題も充電時間の問題も一挙に解決することになるのだが、...。

ここまで素人が勝手に整理しておいて、次号以降を待つことにしよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.01

梅の開花もう少し

今日から3月である。
空模様はかなり怪しい。今にも雨が降りそうな気配である。

 

さて昨日午後、小生宅から最寄りの若草公園にある梅と河津桜の様子を観察した。
上の写真は梅の様子だが、左のように、今にも咲きたがっている様子である。全体がこんな様子なのだが、よく探したところ、咲いている花が一輪だけ見つかった。(右の写真)

そして、下の写真が河津桜で、こちらも、もう一刻も早く咲きたがっている様子である。
まだまだ寒い日々が続いているから、簡単には開いてくれないかも知れないが、何れ遠からず目いっぱいに咲いて、賑やかになることだろう。あと僅かである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2015年2月 | トップページ | 2015年4月 »