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2015.04.15

若鮎の像


二日続いた雨もようやく止んで、今日は朝から青空が広がっている。が、これも長くは続かず、間もなく雲が増えてくるらしい。落ち着かない天気である。

さて、13日の記事(窯の淵公園)で取り上げた‘若鮎の像’だが、この像の隣にあった石碑(下の写真)の説明文を下に記しておこう。

  若鮎の像建設の由来
大正二年六月(一九一三)東京帝国
大学教授石川千代松博士はこの地先
に琵琶湖小鮎数百尾を移植し遡上鮎
のように大型鮎となるかの画期的実
験を試みそれに成功し現在のように
全国河川に琵琶湖産稚鮎の放流をみ
るに至りました
博士の功績をたたえると共に日本最
初の放流地奥多摩川大柳河原を記念
するため奥多摩漁業協同組合を中心
とし全国同好の者多数の浄財により
若鮎の像を建てました
  昭和48年12月20日
    若鮎の碑建設委員会

いま、日本中のどこでも鮎釣りが盛んに行われているが、この場所での実験の成功が原点になっている、ということらしい。

小生が30~40歳のころ、多摩川のあちらこちらに出かけて、よく釣りをしたものだったが、その後は全くやっていない。当時、空前の釣りブームが重なっていて、恰好だけは一人前だが、マナーをわきまえない下手な釣り人たちが、わんさと川へ押しかけてきたものである。
釣りの仕掛けが河原のあちこちに散らばされていたし、目には見えないが、川の中にも随分と仕掛けが残されたはずである。エサのついた仕掛けを鳥たちが銜えて、そのまま絶命してしまう、といった記事が新聞等で目立つようになっていた。小生も、アユが引っかかった状態のままの、ころがしの仕掛けを釣り上げたことがあった。このアユは川に逃がしたのだが、もし小生がこの仕掛けを釣り上げなかったなら、このアユはころがしの仕掛けを身に着けたまま、悲惨な生涯を終えたのではなかったかと思う。
こんなことが色々と重なって、釣りをやらなくなったのだろうと思う。
当時に比べれば、釣りも随分と下火になった感もするが、これくらいがちょうどよいのではなかろうかと思う。技やマナーを身につけた人たちが釣りをやるのなら、川が汚されることもないのである。

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